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長崎地方裁判所 昭和44年(む)532号 決定 1969年10月02日

主文

勾留請求却下の原裁判を取消す。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、前記検察官提出にかかる「準抗告及び裁判の執行停止申立書」記載のとおりであるから、これを引用する。

そして、本件記録によれば、被疑者に対する本件被疑事件につき前記検察官から刑事訴訟法第六〇条第一項第二、三号に該当する事由があるとして、長崎地方裁判所裁判官に勾留請求がなされ、同裁判所裁判官大石一宣が、要旨「勾留請求が認められるには、それに先行する逮捕手続が適法であることを前提とするものであるところ、本件にあっては、被疑者は警察官により長崎警察署に同行され、同署において被疑者の自供により逮捕されたものである。しかし、右同行は、任意同行の形式をとっているものの、明らかに逮捕と同程度の強制力が用いられ、実質的に逮捕と同一視されるべきものであるから、被疑者は右同行を求められた時点においてすでに逮捕されていたものというべきところ、その時点にあっては、いまだ緊急逮捕の要件をそなえていないので、結局のところ本件逮捕は違法に帰する。」との理由で勾留請求を却下したことが明らかである。

二、被疑者の勾留は逮捕を前提とし、その逮捕そのものが違法であれば、勾留の請求が却下を免れないことは当裁判所もそのとおりであると考える。

ところで、本件記録によると、被疑者が司法警察員によって長崎警察署において逮捕されたのが昭和四四年九月二七日午前一一時四五分であることが明らかであるところ、右逮捕された経緯は本件記録および当審における事実取調の結果によれば、右長崎署においては、かねて同年八月一三日長崎市内の鉄工所工場内で発生した鋼材盗難事件の賍品捜査をしていたところ、右賍品が同市大浦町三丁目一八番地所在地金商杉田長康へ山本一夫なる名義で売却されていることが判明したので、右杉田へ再度山本一夫なる者が鋼材の売却へきた場合には右長崎署へ連絡されたい旨依頼していた。しかるところ、同年九月二七日午前八時三〇分頃、右杉田より右長崎署へ山本一夫なる者が鋼材を売りに来ている旨電話連絡があったので、警察官水上正美、同江頭稔、同白金某の三名が右杉田方へ急行し、警察官水上が杉田方前にいた山本一夫なる者(被疑者)に対し、警察の者であるが持って来ている鋼材はどうしたものであるかと問い質したところ、同人がいきなり逃げ出したので、警察官水上が続いて警察官江頭、同白金が同人を追尾し、約一〇〇ないし二〇〇メートル走ったところで警察官水上が追いつき、なぜ逃げるか一寸待て、といって後から被疑者の肩に手をかけ被疑者の前に廻ったところで被疑者は最早逃げ切れるものではないと観念して立止った。そこで更に警察官水上が職務質問を続行したところ、当日持参した鋼材は盗んだものである旨自供したが、警察官水上等においてはその鋼材の被害者確認をしなければ犯罪の成否が判明しないので緊急逮捕の要件を充たさないものと判断し、被害者確認等の捜査を続行する目的と、かつ現場には商店が並び時刻も午前九時頃であり、先に被疑者を追尾する等の行動で人目を惹いていたので、その場で職務質問をすることが被疑者に不利であり、同地点の前にある山徳商店には車が出入りする関係でいささか交通の妨害となるおそれもあったので、さらに職務質問を続行すべく被疑者に対し、右長崎署までの同行を求めたところ、被疑者においてすでに観念してこれに応じたので、警察官水上等三名が被疑者を取り囲む恰好で自動車まで至りこれに乗せて右長崎署へ同行し、被害者確認等をなしてこの段階で緊急逮捕したものであるとの事実が認められる。右認定事実のもとにあっては警察官等が被疑者を追尾して立止らせた段階において、立止らせるために被疑者の肩に手をかける行為あるいはかりに暴行に至らない程度の腰を掴え手を握る等の有形力の行使があったとしても、これが逮捕と同一視しうるほどの強制力であるとは到底いえず、本件の如き被疑者が窃盗犯人であるとの疑が濃い場合にあっては右行為は警察官職務執行法第二条にいう職務質問あるいは職務質問に随伴する行為であるということができ、被疑者において観念して言語動作による不服従の態度を示さず同行に応じたものであるから同法条にいう任意同行であると認められる。

そして同行後の右長崎署における被害者の確認等の捜査をなした段階において緊急逮捕したのは刑事訴訟法第二一〇条の緊急逮捕の要件を充足しているので、本件における緊急逮捕は適法になされたものと認めることができる。

三、そこで進んで本件につき刑事訴訟法第六〇条第一項の事由の有無について判断するに、本件記録によれば、本件被疑事実について被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認められるところ、被疑者は前科五犯を有し、最後の懲役刑の執行が終ったのは昭和四三年八月であり、その後長崎市内にて建設会社の自動車運転手として稼働していたが、昭和四四年六月末からは無為徒食の身で、同市矢の平町で間借生活を送っているものの、単身であることなどを併せ考えると、釈放することによって被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

四、してみると、本件勾留請求については、被疑者を勾留する理由があるものというべきであり、これを却下した原裁判は失当である。

よって刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により原裁判を取消すこととして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安仁屋賢精 裁判官 山下進 塚田武司)

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